関わりたくない?
面倒な人間関係ってどこにでもあるものですが、人として生きている以上、人間関係は切っても切り離せない、地球上の必須科目のようなもので、一生かけて学んでいくものなのではないかとよく感じます。
とかく、僕の場合、同じ価値観の人と関わるのは何の苦も無く、永遠と語り合えるくらいなのですが、異なる価値観の人と話しをするとなると、理解が追い付かず、段々と疲れてきてしまうこともしばしばあります。
疲れてきてしまうと、1人になりたくなったり、関わりたくない気持ちになるのですが、そういうときに限って、いつもよりも頻繁に話しかけられたり、連絡が来たりするんですよね。
これは一体どういうことなんだろうと。
同じものを持ったものしか引き寄せない
自分の意識は、「関わりたくない」はずなのです。しかし、関わってくる。
自分が引き寄せているものが違うわけがないはずです。
なぜなら、地球上で人間は磁石のようなもので、自分と同じものを持ったものしか引き寄せないのだから。
と思い、考えてみると、関わりたくないと意識上で思っているだけで、無意識や潜在意識のようなわからない部分では、もっと関わって!関わりたいの!と言ってるとしか考えようがないわけです。
自分のことはよくわからない
私たちは、自分のことはよくわからないように出来ています。
なぜなら、自分で自分のことがわかってしまえば、人生の答えはすぐ出てしまうから。80-90年かけて答えを見つけたい、そう思ってこの地球上にやってきたのだから、一瞬で答えがわかってしまうなんてとんでもないことです。
自分のことを教えてくれる、つまり自分が本当はどう感じているのか気づかせてくれるものが、相手なのだと思うのです。
だから、この人生で人間関係は切っても切り離せない、人生の必須科目なのだろうなと思うわけです。
自分の世界は自分が生み出している
自分が本当はどう思っているのか。
関わりたくないと思っているのは、私たちの10%にも満たない顕在意識で、90%以上の得体のしれない潜在意識は、関わりたいと強く思っているからこそ、こちらの都合に関係なく、関わってくる、のだと。
自分の世界は自分が生み出している。よく聴く言葉ですが、まさにそうだと思えた瞬間でした。
本当は関わっていきたい、関わりの中で幸せを感じていきたい、そう魂は願って、この地球に生まれてきたのでしょう。
でも、そう気づくと、そうか、関わりたいんだ、自分も相手もと思えて、何をしてほしい?何を聴いてほしい?という気持ちに変わってきます。
もう一人にしてほしい!と思う気持ちも残りますが、それだけではなく、相手は何を聴いてほしいのかな、何をしてほしいのかなという気持ちも同居するようになりました。
自分が生み出している世界を少しだけゆっくりと、ぐるりと眺めてみると、人生の攻略法が見つかるのかもしれません。