【ハウルが教えてくれたこと】目に見えない豊かさとはなんだろう

心理学

僕と15年連れ添った

愛犬ハウル

 

こうやって書くのもためらうくらいに

思い出せば涙が出るほど

まだ僕の中では彼の死を

これっぽっちも受け入れられてない

 

2020年7月1日 午前3:00過ぎ

居間で看護していた母から

「ハウルがだめかもしれない」

と声がかかった

 

急いで2階から降りて

心音と呼吸音を確かめる

でももう

ハウルの命は終わっていた

 

僕が最後に彼を抱いたのは

日付が変わる前の夜中だった

 

慢性腎不全の尿毒症症状が末期で

意識不明な状態

 

でも僕ら家族は

自然なままに任せようと

今回病状が悪化したとき決めていた

 

呼吸が荒く

どこに視点が合っているのかわからない

ハウルを抱きしめて

 

ハウル、もういいよ、頑張ってくれたから

僕は大丈夫だでね、ありがとね

 

と言ったのを覚えてる

 

きっと僕のことが心配で

命を細々とつないできてくれたんだろう

と勝手に思って

 

振り返れば

ハウルと僕はいつも一緒

きっと僕が寂しがりやだから

ハウルはそれを知っていたから

ずっとそばにいてくれたんだろうな

 

最後の言葉をかけたとき

ハウルは僕のほうを見上げていた

 

その姿は枯れ果てる寸前だったけれど

彼の瞳はとてもやさしくて

わかったよ

って言ってくれてるみたいだった

 

15年という月日は本当にいろいろあって

 

僕がうつ病から立ち直りながら

まだ頑張って病院に勤めていた時代

一人暮らしをしていたけれど

ハウルはやっぱり一緒にいて

僕の帰宅を待っていてくれた

 

どうにもこうにもうつ病が回復せず

今の実家に舞い戻って

そこから全国展開するときも

ハウルはずっとそばにいてくれた

 

仕事をどうしても成功させたくて

自分を無駄な人間だと思いたくなくて

いろいろ頑張った

そんなときもずっと

ハウルはそばにいてくれた

 

全国あちこちに行くとき

ハウルは決まって機嫌が悪くなった

帰ってくるととても甘えて

 

さみしかったよねぇ、ハウル

僕はそれに十分に気が付けなかったかもしれない

いつも一緒にいたのにね

急に置いてけぼりにしちゃって

ごめんね、ハウル

 

彼の体調が悪くなってからの3年弱は

ほとんど地元にいることが多くなり

出来るだけ一緒にいられる時間を作った

 

体調の上がり下がり

それで毎回一喜一憂

 

出来る限りの医療を

出来る限りの看護を

 

でも僕ら家族も限界点がきてたんだろうな

ハウルの身体もきっと限界点だったのと同じように

 

ここに

彼の姿はない

 

あの頃のように

一緒に散歩に行くことも

ハウルー、可愛いねと触れることも

頬ずりすることも

ペロペロされることも

何も出来ない

何もなくなってしまった

 

何にもない

 

これが豊かさなんだろうな

 

触れられる、一緒にいられる

体温や音を一緒に感じていられる

手を伸ばすとそこにいる

 

今も僕の近くにはきっと

ハウルのエネルギーは常にある感じがする

 

きっといる

 

でもさ

ないんだよ

触れられるモノが。

 

一緒に時間を共有してる

あの感覚が。

 

僕らは目の前の

見えているもの

一緒にいられること

何かを共有できる時間を

すごく貴重だと思えているだろうか

 

生きていて

触れられる、話せる

一緒にいられるからこそ

豊かさを共有できるんだね

 

見えないものを。

見えるものがあるから。

見えないものを一緒に共有できる。

 

僕とハウルがともに過ごした時間のように。

 

地球上のすべての見えるものは

見えないものと繋がっていて

 

見えないものの大切さを

見えるようにしてくれているんだ

 

ただただ

一緒にいられることの幸せ

 

ただただ喧嘩したり

散歩したり

ご飯を食べたり

甘えたり

 

そんなことが一番幸せなことなんだよね

ハウル

 

僕はまだ

 

たまらなく寂しい

 

ありがとうね

なんて口では言うけど

 

ハウルのことを思い出せば毎回

たまらなく寂しい

 

自分勝手だな

 

きっとこの気持ちにも

うまいこと折り合いがついて

不思議と落ち着いていくんだろうけど

 

まだまだ僕は思い出せば涙が出るし

ハウルがいてくれたら

なんて思ってる

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