「ない」と「ある」のお話

心理学

先日、あるるが久高島に行った動画をあげてた。

「いいところだなぁ」と思いながら景色を見てた。

久高島リトリート ①
~ 久高島が教えてくれたこと ~11月の終わりに、久高島リトリートのひとり旅に行ってきました。久高島へ訪れるのは今回で2度目。ちょうど2年ぶりの久高島です。初めて行った時に久高島が教えてくれたこと、そして今回、久高島が教えてくれたこと。それ

「ある」ってわかると「知らなかった世界」が見えてきてしまう。変化が得意じゃない人間は「知らなかった世界」が垣間見れると「いや、気のせいだ」「んなわけないだろ」とかき消してしまう。

一歩進めて、生まれたところに生きる目的のヒントがあるとしたら、僕たちは何を体験しにここに来たんだろう?そんなこと考えたことある?

でも、人は、しんどい、苦しい、そんな状況に置かれたとき、「もう生きていくのは嫌だ」と感じる。「何でこんな苦しい思いをしなくちゃいけないの」と怒りと悲しみがごっちゃになった気持ちが張り裂ける。

スピリチュアルの人たちはみんな「生まれてきた意味があるんだよ」って言う。「その体験をするために来てるんだよ」と。

「報われない」「やりきれない」「あれもない」「これもない」

「ない」って思うって何かのサインなのかな。

「ない」という感覚は何を教えてくれるんだろう

外側に目を向けると

ほんと、すごい勢いで「何か」が流れていて、人々が常に競争しているみたいなものだったり、争ってるっていう感じだったりがとめどなくながれている。

TwitterやFBはそのすいたるもので、都会の街中を歩いているみたいなそんなエネルギーを感じる。雑多すぎちゃって、田舎者の僕は情報量が多すぎて疲れてしまう。

その中でみんな向かっている方向が同じって一体どういうことなんだろう。

朝の通勤ラッシュの駅のような、みんな歩いていく方向が同じで、みんな歩く速度が人よりもいち早く!と、みんな同じようなエネルギーを身にまとっている感じがする。

「時間がない」「お金が足りない」

またここにも

「ない」から「ある」にしたい

そんなエネルギーが溢れている。

 

「ない」って、「本当にない」んだろうか。

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